その「田中マンション」(仮名)は、もともと大正生まれの田中さんが戦後立てた賃貸マンションでした。
田中さんには子供が5人㊚㊛㊚㊛㊛兄弟姉妹。資産家だった田中さんは、結婚を機に独立した長兄に近所の一戸建てを、長姉には都心にマンションを購入してあげました。田中さんは3人目の結婚を知ることなく他界。次兄は病気で亡くなり、下の妹2人が母の面倒を見ながら、その田中マンションの中のそれぞれの居で結婚生活を送っていました。
平成20年、大正生まれの母親が96才で他界して49日が過ぎた後、いきなり、長兄と長姉の弁護士という人が訪ねてきて家裁に申し立てをするとのこと。話し合いの場さえ与えられない妹のはるさんとあきさんは、何のことだかさっぱりわかりません。2人は一生懸命に高齢の母の面倒をみてきたし、母に会いにも来ない兄と姉はそれぞれ父親から不動産をもらっていたので、当然このマンションは2人の名義にするものだと思っていたのに驚いたそうです。結局、1階2階に入っていた店舗の名義と賃貸マンションの一部は兄と姉それぞれに奪われてしまい、残る住居部分30戸をはるさんとあきさんが相続することになりました。忸怩たる思いを抱えているなかで老朽化により、マンションは建て替えの時期になりました。ところがテナントとして入る兄姉の所有のはずの店舗はいつの間にか転売されて人手に渡っており、また駅前の立地からテナントも、建て替えのための立ち退きには首を縦には振らず、住居部分の入居者はどんどん減っていき…話し合いを持とうと、弁護士を立てて調査をはじめるなか、はるさんが体調悪化であえなく他界。子供がいなかったこともあり、あきさんの娘2人が遺言によりはるさんの財産を相続することになりました。
この時点でこのマンションの区分所有者は18人に。全員の足並みが揃わず、未だに建て替えはされていません。
大正生まれの母親が生きていた時に家族信託は生まれていました。父親が亡くなった時に放置していた不動産登記をしっかり済ませて、母親は所有する不動産を全てはるさんとあきさんに信託し、その後受益者にしておけば、揉めることもなかったのに…と悔やまれます。「田中マンション」なのに、所有者の中に田中さんは一人もいませんでした。